辻 明日真/ コラム, 小説, 連載/ 0 comments

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《ホーランドロップとトンビ》

辻 明日真

 

第七話『秘密』

誠は悩みに悩んでいた。

「おまえが見ている世界が本当に正しいのかどうか」

白陰の言った言葉が誠の脳から離れない。

(もし、この世界が間違っているというなら、一体、正しい世界ってなんなんだ)

 

今まで考えてこなかった問題に誠はぶつかっていた。頭を抱えているだけでは何も始まらない、そう思った誠は多岐にわたる本を読み漁った。自己啓発から専門書、小説、日本史、世界史、あらゆる分野を無我夢中で読んでみると一週間はあっという間に過ぎ去った。

 

白陰との約束の日、誠は再び鑪プリンスホテル904号室に向かった。答えが見つかったわけではない、だが、誠の心は小川の水が穏やかに流れているような、そんな状態であった。一週間没頭して読んだ本一冊一冊が、誠の世界を確かに広げていた。もっと学びたい、そのようにさえ思っていたところを見ると一週間があっという間に過ぎ去ったというのもまんざら嘘ではなさそうだった。

「遅い!早くそこ座れ!」

ドアを開けると、正面の椅子にドカッと座っている白陰がいた。相変わらの太々しさに誠は思わず笑いそうになった。

「ちゃんと一週間考えてきたよ」

「それで?どうだった?」

「わかったのは一つだけ。僕は世界の一部しか見えていなかった、それだけだ」

「見えていない残りの世界を知りたいか?」

誠は目を輝かせながら首を縦に振った。誠の目は他を引き付ける何かがあり、例外なく白陰も誠の目をじっと見つめていた。少しの間があって、白陰は謹厳な表情で言った。

「『鷹の目』に入らないか?」

「僕が?!」

「ああ、今は偽トンビだけど、将来的には見込みあるよ」

「まだ知らない世界がそこでは見えるの?」

「断言はできない、おまえ次第だ」

得体のしれない世界に飛び込んでいくには勇気がいる。『虎穴に入らずんば虎児を得ず』という経験が誠には乏しかった。更にこの選択が自分の運命を左右するものになると直感で誠はわかっていた。したらば何も答えることができずに、その場で暫く苦悶苦闘したあげく、

「今は遠慮しておく」

と虎穴に入れずにいた。

「今は?次に機会があるとは限らないぞ」

「急に言われて、この場で人生の一大決心なんて、無理だ」

「人生は瞬間、瞬間が勝負だ。その時、選択を間違えたら一生後悔する」

「何と言われても僕は入らない!」

「怖いのか?」

「ああ、そうさ。得体のしれない団体を信頼できるはずがないだろ」

「おまえの父親も信頼できないのか?」

「……?!」

誠は自分の耳を疑った。2001年、誠と鳶雄が6歳の時に失踪した父親がなぜ今ここで出てくるのか、誠は理解できずにいた。

「『鷹の目』にいるのか?父さんが……」

「自分の目で確かめてみろ」

誠の顔色はみるみる青白くなっていった。誠が覚えている父との思い出は両手で数えられるほど。一番印象に残っているのは光ヶ丘公園での凧揚げをしたことだった。あの時の父の笑顔を誠は思い出しながら……

「わかった。入る!!虎の穴だって構わない。」

「後戻りはできないぞ。一度入ったらそこで見て聞いたものは絶対に外部に漏らしてはいけない、それが『鷹の目』のルールだ。口が軽い奴はそれにより様々な間違いを犯す」

「……ッゴク」

「遥かいにしえ、素手でライオンを切り裂く怪力男、サムソンという士師がいた。」

(誰だ?サムソンって?)

「そいつは誰にも負けるはずはなかったんだ、絶対に。ただ秘密さえ守り抜いていれば」

「守れなかったのか?!」

「ぺリシテ人の策略にはまって、デリラという女に秘密を話してしまった」

「それでどうなったんだ?」

「死んだ。秘密を話したことが引き金になって」

(死?!秘密って一体なんなんだ……)

「おまえはそうならないことを祈るよ」

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これからアジトに向かう、と言って車を手配するため白陰は部屋を出て行った。サムソンの話が誠の心に突き刺さっていた。『鷹の目』に入った後は否応なしに口が重くなるだろう、そう考えた誠は鳶雄と今のうちに話がしたくてたまらなかった。いきなりかけて繋がるだろうか、そう思いながらも携帯を取り出した。呼び出し音が二回目の終わり頃、鳶雄が電話に出た。

「お!無事に生きてたか。この一週間、何があった?」

「トビ、重大な話がある。時間がないから集中して聞いてほしい」

 

 

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サムソンとは

士師記によるサムソンの物語は以下のとおりである。イスラエルの民がぺリシテ人に支配され、苦しめられていたころ、ダン族の男マノアの妻に主の使いがあらわれる。彼女は不妊であったが、子供が生まれることが告げられ、その子が誕生する以前からすでに神にささげられたもの(ナジル人)であるため次のことを守るよう告げられた。それはぶどう酒や強い飲み物を飲まないこと、汚れたものを一切食べないこと、そして生まれる子の頭にかみそりをあてないことの三つであった。神の使いはマノアと妻の前に再び姿をあらわし、同じ内容を繰り返した。こうして生まれた男の子がサムソンであった。

himitu samuson

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辻 明日真

辻 明日真

田舎に泊まろう!をコンセプトに自転車旅で10代はひたすらバガボンド。大学での豊富な失敗体験を生かして学生アドバイザーを行う傍らブログや小説に熱を入れる。アウトドアに見せかけて実は囲碁、お茶、コタツを三種の神器としているかなりのインドアマインドの持ち主。

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